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独断と偏見に満ち足りた由無しごとを謹んで放言いたしておりましたが、現在は移転してしまい、ゆるーく管理しているだけで更新はしてません。 移転先は HABU's BLoG http://chimayoi510.blogspot.com Blog"TIBET ROOM" http://tibetroom.blogspot.com/
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 「せったの木」の続きです。まだ読んでない方、読んだけど復習したい方はこちらからどうぞ。

http://timayoi510.blog.shinobi.jp/Entry/163/

 では、続きをどうぞ。

 私の姿を認めると彼は「おお」と頓狂な声を発し、店に入って来るなり「なあ聞いた?あの話」と切り出した。
「あの話って?」
「切腹」
「セップクって」私は腹を切る真似をした。「…のこと?」
「うん。あ、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、エク・チャイ、プリーズ」
 注文を笑顔で受けとった少女は、そのついでに私が空けたグラスを回収して行った。その時不器用にこちらを盗み見た黒曜石のような瞳と目が合い、私の目は思わず彼女を追いかけた。
「四年後が楽しみやのう」佐藤のふやけた声が耳に入る。
「…で、切腹がどうしたの」
振り返ると佐藤も彼女を眺めていた。
「うん?」彼は間の抜けた顔をよこす。
「だから、」
「ああ、そやった。そやった。あんな」彼は造作なく言った。「鈴木が切腹しよったんや」
「スズキって、イスラマの?」
「他にどのスズキがおるん?」
「いや、でも、それって本当に自分で切ったの?。何かの弾みで刺してしまったとか、」
「ううん、自分で」彼は身振りを交えて説明する。「グサリ。おまけに横へ二、三センチ」
「うそ」
 彼が頷いたところへ横合いから細い腕が分け入り、チャイの入ったグラスを無造作に置いた。グラスから彼女の顔へ視線を移すと、既に店の入り口を振り向いており、視界の隅に客が入ってくるのが認められた。見ると日本人らしき色の黒い中年男性で、我々から離れたテーブルにつくと早速刻み煙草を小さな巻紙に造作なく一本巻き、インド製の短いマッチで火を点け、吸い始めた。
 鈴木の切腹は二人がキャンプを出た翌日のことらしく、動機は不明だが少なくとも自殺の意志はなかったそうだ。すぐ病院に運ばれて手術を受けたので大事には至らず二週間の入院で済み、退院後も元気に旅行を続けているとのことだった。
「そやから外野が大騒ぎして深刻になることちゃうねん」
 それにしても、である。まっ先に麻薬の服用を思い浮かべたが、佐藤に否定されるまでもなくキャンプの状況を考えればまずあり得ない話だし、少なくとも私の知っている彼は麻薬の経験がないので所謂フィードバックの可能性もない。とすれば、信じられないが何か精神的に問題があったのだろうか。佐藤も「聞いた限りでは入院中も相変わらず元気にしてて、べつに変わったとことか無かったみたいや」と言っているし…。全ての思考を溶かし込んだ時間の流れに、弄ばれているのを感じた。結局ありのまま混沌に放っておく自分を自覚しながら、褐色に濁るチャイを啜る佐藤とその背後の眩しい河原をぼんやり眺めた。
 「キミたちパキから来たの?」
突然飛び込んできた男の声に二人が同時に顔を向けると、男は返事を待たずに言葉を続けた。
「いやその、ちょっと気になる言葉が耳に入ったもんだから、失敬して聴かせてもらったけど。その話、もしかしてイスラマバードのツーリスト・キャンプのこと?」
「知ってはるんですか、この話」
「ううん、その話は知らないけど…。ちょっとそっち、行ってもいいかな」
 男はグラスを持ってやって来るとテーブルの向かいに座った。そして佐藤が鈴木の切腹について説明したが、改めて聞いているうちに、私はあることに気がついた。
「そういえば、その日は満月だね」
「満月?」
「だってほら、出発を満月まで待つかどうかで揉めたじゃん」
「ああ、確かに言われてみれば、なるほど…あっ、」佐藤は私の顔を覗きこんだ。「せったの呪い?」
「じゃないかな」私は頷く。
「ううん、そっかあ。確かになあ」
「でしょ」
「まあインド神秘派の私といたしましては、そう考えたいところやけれど、でも、それは単なる偶然やろね」
「そうかなあ…」
「何?、そのなんとかの呪いって」
「せった」
「せった鬼って知ってはります?」
「セッタオニ?」
 鈴木から聞いたせったの木にまつわる話を、私は男に教えた。妖怪の木の謂れ、人食いの木の迷信、満月の日の神隠し、木が喋ったこと、用務員の自殺など、中には忘れて曖昧なところもあったが、そこは佐藤が補ってくれた。
 ところが、この二人掛かりの折角の長話を男はあっさりうっちゃった。
「満月が偶然か否かは別にして、あそこ…初めてじゃないんだよね、日本人の自殺騒ぎは」
「えっ…」 佐藤と私は同時に声をあげ、今度は耳を傾ける。
「もうかれこれ…そうか、もう十年か…。早いなあ。実はボクもその場に居合わせたんだけどね。ただその瞬間は見てなくて、あの時ざわめきを感じて振り返ると、もう腹を切った後だったんだよ。ナイフから手から服から、全身ベットリ血だらけでブルブル顫えていたんだけど、既に切り口から腸が少しずつ出てきてね、それをそいつは手で押し戻してそのまま押さえていたんだけど、でも腹圧っていうの?、指の間からはみ出てくるんだよ、腸が、まるで生き物みたいにね」
「・・・・」
「あの、その人は、そのう、死んだ…」
「ああ、それは大丈夫。キミたちの話と同じだよ。そいつも自殺するつもりはなかったし、するようなタマでもなかったし。一番不思議がってたのは案外本人だったかもね」
「くどいようですけど、その日が満月だったということは」
「さあ、それは判らないけど、もしかすると、満月だったかもよ」
「・・・」
「・・・」
「それよりさ、切腹の後で知ったんだけど、更に昔にもあそこで日本人が一人自殺したそうだ」
「えっ…」
「うそ…」
「その人は本当に死んじゃったみたいだけど」
「………」
「それも切腹ですか」
「さあ、そこまでは知らないけど。ただ、その日本人がトレッカー風の若い男性らしくってね、それを聞いて腹を切った当人が、それらしき霊を切腹の前の晩に見たって言うんだよ。なんでも全身が白く光ってたそうだけど、ボクはあまり霊とか信じない人だから、そん時は貧乏神の見間違いじゃないのって冗談で済ませちゃったけど、でも、後から時折思うんだよね、本当はその日本人に呼ばれたんじゃないかなあ」
「………」
「鈴木もその霊を見たんかなあ」佐藤が半ば独りごとのように呟いた。
「俺、見たよ、その霊」
「うそ。ホンマに?!」
カレだ。服装容姿、どう考えてもカレだ。何より直感がそう言っている。カレは死んだ日本人の霊だったんだ。気がつけば私は両手を強く握り締め、底冷えのような霊気に背筋がゾクゾクして微かに身顫いしていた。背中を摩りながら、イスラマバードで目撃したカレのことを私は二人に話した。
「それ結構ヤバかったんとちゃう」
「そうだね。怖くなかったなんて、かなり気に入られていた証拠とも取れるし」
「それに大体あんだけキャンプ出る出る言うといて結局出えへんかったんは、あれ絶対に引き留められてたんやで、候補者は出るな〜て」
「じゃ下手すりゃ俺が腹を切っていたってこと?」
二人は頷く。

 私の視界の真ん中に空っぽのグラスがあった。視界の縁で朧げな佐藤がグラスを持ち上げ、そして降ろす。視界の上の方に何かが飛び込み、瞬時に反応した視線がマッチ箱を捕らえ、そのまま世界が静止する…。
 が、背中に気配の刹那、意識より前に視界の急速旋回、だが瞬きのトンネルを抜ければ毛の密生した白壁…二本の角……微かに黄ばんだ白い牛の巨大な顔。純白の乳海にポツンと偶然が浮かび上がり、ビッグバーンを引き起こす───それでも偶然と言い切れるのか……
 突然シッと鋭い音がして、振り返ろうとすると目の前に現れた華奢な腕が、牛の頭を平手で叩いた。
「チョロ!」
長椅子の上に片膝をついて、少女が牛を睨んでいる。ゆっくり動き出した牛の背中を再度ひっぱたいてこちらを振り向いた少女の顔に、愛らしい花が咲いた。
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