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独断と偏見に満ち足りた由無しごとを謹んで放言いたしておりましたが、現在は移転してしまい、ゆるーく管理しているだけで更新はしてません。 移転先は HABU's BLoG http://chimayoi510.blogspot.com Blog"TIBET ROOM" http://tibetroom.blogspot.com/
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 昔書いた実体験に基づいた小説です。正直恥ずかしいですが、お盆と云うことで許してくだせい。



焚火の燃え残り、黒くなったコッヘルや鍋、コップ、スプーン、割れた竹笛、ゼノンの噛跡だらけのフリスビー、五弦のギター、アメーバのようにだらしなく広がった鑞の塊、 壊れた太鼓、焦げた厚紙の切れ端、焼けたマッチ棒…────宴の残滓。ハレーション、………時間の外、……静かだ。
 刻々と迫りくる朝陽を避けて敷布をずるずる引きずり寝場所を移す。だが終に追い詰められて背凭れのないベンチに跨がり、それ以上の惰眠を諦めコンクリート・プラットをぼんやり眺めた。人影はなく、散在する抜け殻たちを乾ききった光が遠慮なく照りつけている。まだ身体の芯が覚醒しきらず、厚ぼったい不透明な感覚の中で寂しさが巨大クラゲのように漂っていた。
 ようやく極端な寝坊を悟り、微かな自己嫌悪に落ち込んでいると、正門の方からアレックスがやって来た。右手に買い物袋をぶら下げている。私と視線が合うとアルカイック・スマイルを浮かべ、さっそくいつもの挨拶を交わす。
「ハロー、キミは昨夜出て行ったんじゃなかったのかい?」
「今日こそ出発するよ」
「じゃ、あと二三日はキミの姿を見られるね」
「たぶん」
「たぶん…」彼は呆れた顔をして自分のバンガローヘ向かった。
パキスタンの首都イスラマバードの国営ツーリスト・キャンプサイトを初めて訪れた当初は、ビザをとり次第インドへ向かうつもりでいた。しかし、陽気な旅人・犬たちとの愉快な時に流されて、気がつけば二カ月。さすがに最近では毎日『脱出宣言』を発して出発の用意だけはするようになった。が、これで最後、これが最後、今度こそ最後、本当に最後と、「最後」のガンジャを吸い続け、日が沈み、西の空が茜色に染まり、上空をオオコオモリの大群が音もなく横切り、やがて満天の星空の下、大きな焚き火を囲んで夕餉からいつものバカ騒ぎが始まり、気がつけば、いつの間にか日付が変わっているのであった。
 「潮どk…」漏らしかけた独り言を大きな欠伸が呑みこむ。両腕を上げて大きく伸びをし、そして息を吐きながら後ろ手をついて枝葉のモザイクを見上げた。隙間からは青空の白い断片が───白い?、青空なのに…。素朴な闖入者が思考の流れを止める。が、即座に一片の知識が応えてしまい、少し苛だつ。目を暝ると心地よい暗闇に断片の残像が浮かびあがり、ふとカレが脳裡を過る。
「あれえ?、そういえば昨夜は現われなかったな」

 初めてカレを見たのは数日前のこと。夕食後、太鼓がわりにコッヘルを叩きながらいつものように騒いでいて、なんとなく横を向くと、驚いた。若い男の姿をした白い光が、焚き火に向かって胡座をかき、腕を私の肩にまわして楽しげに体をゆらしている───パキスタン人の幽霊?……幻覚にしてはやけにリアルだ。よく見れば長袖シャツに長ズボンの、どちらかといえばパキスタン人というよりバックパッカーみたいな恰好をしている。もしかすると背後霊だろうか。何れにせよ下手に騒ぎ立てて座をシラケさせるよりはと自分に殊更言い聞かせて、そのまま何事もなかったかのようにバカ騒ぎを続け、そのうち気がつくといつの間にか消えていた。
 それ以来夕餉の後のドンチャカ騒ぎが始まると必ず現れるようになったカレだが、私以外の誰もその存在に気づいていない。いや、正確に言えば、そう思っているだけで、確かめたわけではない。他言をすることに漠然とした不安もあるにはあるのだが、二日目には既に見慣れてしまったせいか、怖さよりも親しみのほうが勝り、まるで常連の無口な仲間が、いつものようにそっと現れて、そっといなくなるような、そんな当たり前の出来事として気にもならなくなり、しまいには姿が消えてしまっていることにさえ気がつかなくなっていた。そして次の夜にカレが現れるまで、すっかり忘れてしまっているのである。
 ところが、昨夜は最後まで姿を現さずじまいで、私はそのことに全く気がつかず、やがて静かに落ち着いた夜のしじまに包まれて、ガンジャの重力を心地よく味わいながら、日本語でのたわいのない話に興じていた。
 「セッタって知ってる?」
鈴木が唐突に言った。
「もしかしてセッタ鬼のこと?」
 セッタ鬼とは缶蹴りとよく似た遊びで、空き缶の代わりに樹木や電柱などを使い、『ポコペン』でなく『セッタ』と言うなど小さな違いはあるものの、実際の遊び方は殆ど同じである。そして鈴木の言うセッタは、やはりこのセッタ鬼のことであった。
 彼の通っていた小学校は高台の上にあり、そこは昔の城跡でもあったそうだ。『裏庭』と呼ばれていた校舎裏は背後を土塁跡に小高く囲まれ、その立体的な地形を利用してクラスの仲間と昼休みによくセッタをし、またセッタに使う木も決まっていて、その木は『妖怪の木』とも呼ばれていたと言う。
「せったの木にはちょっとした伝説があったんだ」
 そう言うと彼は口を閉ざし、過剰な静寂が訪れた。先程まで聞こえていた筈のフランス語のお喋りは、寝袋の中で静かな寝息に変わり、炭化した薪が微かに音をたてた。夜の無言に堪らず振り返る。すると十三夜の月明かりの中、リアルに聳え立つ大きな樹の黒い影が、横たわるくすんだ原色の芋虫たちを静かに見下ろしていた。
 カサコソと乾いた音が静寂を破る。顔を向けると、鈴木がマッチを擦り、無造作に蝋燭をともす。
「伝説と言うとちょっと大袈裟だけど、まあ謂れとでも言うのかな」
 その昔、殿様がもののけに取り憑かれて乱心めされ、突然割腹されたかと思うと、はらわた掴み出してむしゃむしゃと貪り、それが済むと脚に噛みついて肉引きちぎり骨噛み砕いて両の脚を食べ尽くし、次いで胴体、両腕、首、頭のてっぺんに至るまでことごとく平らげ、終に口だけと相成り宙を漂う。あまりの禍々しさに家臣たち唖然としていると、その口くるりと裏返り、いよいよ大きな口の妖怪が正体を現した。妖怪が笑いだすと城山が揺れ、草木が枯れ、あまりの恐ろしさに家臣たち、腰を抜かす者、卒倒する者、失禁する者、それでも逃げ出そうとする者、ひたすら笑う者、みな正気を失い、否、一人のみ辛うじて正気の者、だがしかし、そのうち笑いを止めるや口をぐわりと大きく開けた妖怪が襲い掛かるも、金縛りのごとく動くこと能わず立ち尽くすのみで、一口に食べられてしまった。が、次の瞬間、妖怪は地面にドサリと落ちて真っ二つに割れ、中から刀を振り上げた件の侍、足許には気を失った殿様。両断の妖怪はみるみる溶けて、地中に染み込んだ……「そこに生えたのがセッタの木で、妖怪を吸収して育ったから『妖怪の木』らしいんだけど、俺たちガキはどちらかというと『人食いの木』って言ってたんだ。それには…」
 突然パチパチと音をたてて蝋燭の灯が急に小さくなり、暗くなった。みんなの意識が灯に向かい、鈴木も話すのを止めた。今にも消え入りそうな灯は、それでも徐々に大きくなり、やがて元の大きさに戻る。「おお」と佐藤が感歎した。その後も時折パチパチと音をたてて独りでに揺らいだり大きくなり過ぎたりと、この現地製の蝋燭はやや安定を欠いたが、そのうち誰も気にしなくなった。
 「ある迷信があって、満月の日にセッタをすると一番最後まで隠れていたヤツは異次元に飛ばされてね、二度とこの世に戻れなくなる、ていうんだけど、これが洒落になんなくてね。というのもその小学校では毎年生徒が神隠しにあって、それも必ず満月の日に一人だけ。まあ偶然と言ってしまえばそれまでだけど、一度だけ……」
 話が不自然に止まったので顔を上げると、彼は目を大きく開いたまま瞬き一つせず、私のすぐ右の辺りをじっと見つめていた。気になってその視線をたどってみたが、特に気にかかるようなものは何もない。視線を戻すと、鈴木は隣で寝ころんでいた小林に脇腹を突かれてピクリと体を震わせ、我に返ったように目をしばたいた。
「どうしたん?」すかさず佐藤が訊く。
「あ、いや、なんでもない」彼は中途半端な笑みを浮かべて小刻みに首を振った。
「……で、一度だけ…どうしたん?」
 佐藤に促されて鈴木は話の続きを始めた。と同時に、私の背中がそわつきだした。気になって振り返ると、いつの間にか大樹の影がコンクリート・プラットを覆い、先端が私の背中にかかっている。おぼろげに浮かび上がる人やベンチなど、全ては重油のような闇に塗れ、耳に届く静かな寝息に影が呼吸しているような───巨大生物。
 急に馬鹿馬鹿しくなって前へ向き直った。気がつくと、蝋燭のまわりを忙しなく飛びながら、一匹の蛾が何度も何度も炎への無謀なダイブを繰り返していた。
 「…でいたことは確かだよ。お願いだ、とか、勘弁してくれ、無理だ、とか、そんな言葉を耳にしたような気がするしね。ただ、ちょっとその辺の記憶は曖昧だけど、でも泣きながら木に土下座していたんだ、大の大人が。それもあの用務員のおっちゃんがだよ。なんか物凄いショックだったけど、咄嗟に体育館の陰に隠れて見ていたんだ。するとどうなったと思う?。そうしたら、なんと、木が喋ったんだ。いやホント。本当に喋ったんだ。そりゃ俺だって一瞬耳を疑ったよ。でも確かに聴いたんだ。それもはっきりと、何を言ったかまで全部聴いたんだから。ただ、これホントに悔しいんだけど、その話した内容がなぜか思い出せないんだ。いやホント。ホントにホント。いつもそうなんだよ。人に話そうとすると必ず度忘れしてしまってね、どうしても思い出せないんだ。でも嘘じゃないよ。作り話でもない。本当の話だから。これはもう信じてくれとしか言いようがないけど、まあ信じてくれなくても構わないけども。とにかく、用務員のおっちゃんはセッタの木と何やら話をしていたんだ。そして数日後に彼は自殺した、満月の日にね。直接は見てないけど、セッタの木の根元で腹を切り裂いて、自分のはらわたを食べようとしたらしいんだ。おかげでそれ以来裏庭は立ち入り禁止、セッタの木も切られてなくなっちゃたけど、でも、もともと私有地で学校の敷地じゃなかったから仕方がなかったんだけどね。ただ、その代わり、その年から神隠しがぱったり無くなってね…」
 強烈な空腹に促されてベンチからゆっくり立ち上がり、そして光の中に入った途端軽い眩暈に襲われた。なんとか堪えておぼつかない平衡のまま閉じかけた瞼を少し上げると、扁平に広がった鑞の塊がそこにあり、そのほぼ真ん中で一匹の蛾の屍が固まっている。つかの間の佇みの中で、私は溜め息をついた。
 この日、みんなの予想を外して遂にキャンプを出た。
 佐藤と一緒に国境へ向かい、翌日にはインド入りして国境の町で一泊、そこから彼と別れて北へ進んだ。が、二カ月後に再び邂逅。リシケシュというガンガー上流に位置するヒンドゥー教の聖地で、民家の表に建てられた四阿風のチャイ屋でくつろいでいると、表をアラビアンナイトの盗賊めいた風体がふわりふわりと通りがかったのだった。
 私の姿を認めると彼は「おお」と頓狂な声を発し、店に入って来るなり「なあ聞いた?、あの話」と切り出した。
「あの話って?」
「切腹」
「セップクって」私は腹を切る真似をした。「…のこと?」
「うん。あ、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、エク・チャイ、プリーズ」

___つづく
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