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独断と偏見に満ち足りた由無しごとを謹んで放言いたしておりましたが、現在は移転してしまい、ゆるーく管理しているだけで更新はしてません。 移転先は HABU's BLoG http://chimayoi510.blogspot.com Blog"TIBET ROOM" http://tibetroom.blogspot.com/
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402a3205.jpeg 昨日はちょいと力みすぎたせいで途中からギクシャクぎくしゃく。何とかしようと変な方言もどきでお茶を濁したけど、やっぱり最後までおかしかった。
コメント欄や以前にも書いたけど、今回の旅行は十数年越しの想いを実現に移そうとしたもので、本当なら一昨年の秋に実行するつもりだった。それがいろいろ事件事故が重なって職場を辞めるに辞められず次の春に延期。それに先立って年末で辞職したものの、翌年は皆さんご存知の2008年。秋には現地状況的には可能だったけれど、矢先に親父が貧血で倒れて以後の胃癌騒動で一時は諦めかけた。
そんなわけで意地もある。ここまできたら絶対行きたい。何が起ころうととにかく現地へ向かう。そうしないと納得できない。そんな思いが今回はある。それは旅を生業に組み込めなかった旅好きのけじめであり、フリチベの心ではない。
こんな極私的なもの読まされても退屈だろうが、考えを明確にさせたかったので敢えて昨日の補足をさせていただいた。許せ。
ちなみに、写真はこの前から数日後の1994年9月カンパ・ラ(峠)の眺め。天気が違うとこうも感じがかわる。

さて、本日の本題とまいろう。
めっちゃ笑える記事を見つけた。ゲラゲラ大笑いとはいかないが、少なくとも私は最初の一文でプッと吹き出した。笑う門には福来ると申しますが、こんな笑いで来る福はきっとAB型じゃなかろか。内容はタイトルを見れば察しがつきます。でも笑っちゃいます。あまり笑うを連発するとシラケますけど、たとえAB型でも福は福。大いに笑ってチベットに福を呼び込もうじゃありませんか。

こちら→真相:ナチスやオウム真理教とダライとの関係

つづきにコピペしてあります。



米国の主流メディアはニュースの規制にたけて いる。米国の戦略的利益を害するニュースは米国の大新聞からはことごとく排除されてしまう。「台湾独立」や「西蔵独立」などに関するニュースでもそれは同 じだ。例えば、ダライ・ラマ14世の啓蒙教師であり長年の友人でもあったオーストリア人のハインリッヒ・ハラーが頑固なナチ党員であったことや、ダライ・ ラマの実の兄がブータン国王の暗殺事件にかかわったこと、オウム真理教の麻原彰晃とダライ・ラマが密接な関係を持っていたことなどだ。「人民日報海外版」 が伝えた。

ハインリッヒ・ハラーの暴かれた過去

ドイツの週刊誌「シュテルン」は1997年5 月28日、ダライの啓蒙教師として有名なハインリッヒ・ハラーとナチスとの関係を決定付ける証拠を明らかにした。ハラーとナチスとの関係はそれまでにもた びたび問題になっていたが、文献的な証拠が不足しており、ハラー自身もナチスとの関係を否定していた。「シュテルン」が暴露したのは、ベルリンの連邦資料 館で発見されたハラーの原資料。80ページにわたるこの資料によると、1912年7月6日に生まれたハラーは1938年5月4日にナチ党に入党し、党員番 号「6307081」を持っていた。ナチ親衛隊のメンバーでもあり、所属部隊は「38部隊」、隊員番号は「73896」。資料にはハラーの手書きの履歴書 もあり、ハラーが1938年4月1日に親衛隊での活動を始めたことが記されている。それ以前の1933年10月からもオーストリアで当時非合法だった突撃 隊の活動に尽力していたという。この履歴書には、襟にナチスのシンボルをつけたハラーの証明写真も貼られている。

「シュテルン」は、「ナチスとの関係について 追究を受けたことのないハラーは、何の妨げもなくスーパースターになってしまった」と論じる。ハラーは西蔵(チベット)に逃げ、1946年頃にはダライの 教師も務めた。その後、ハラーの著した「チベットの7年」は大きな反響を生み、40余りの言語に翻訳され、読者は5千万人を超えるベストセラーとなった。 ハラー自身も、「人権の擁護者」との名声を受けるようになった。とりわけハリウッドが巨額を投じて同書を映画化(「セブン・イヤーズ・イン・チベット」) したことから、ハラーは西側諸国で英雄視されるようになった。だが、ハラーの真実の過去が明らかになった今、人々はもう一度考えなおしてみるべきではない だろうか。半世紀にわたって嘘をつき世界の人々をだましていたハラーのような人の言論にどれほどの信頼性があるのか。自らの過去をでたらめでかためたハ ラーのような人がチベットの状況に対して下した評価が客観的で公正なものだったといえるのか。

オウム真理教の麻原彰晃とダライの関係

オウム真理教の起こした一連の凶悪事件は世界 に衝撃を与えた。1995年3月、日本の地下鉄で起こったサリン事件では12人が死亡し、5千人余りが負傷した。2004年2月27日、東京地方裁判所は 13の罪名で教祖の麻原彰晃に死刑を言い渡した。2006年9月、最高裁の抗告棄却によって死刑が確定した。

地下鉄サリン事件の発生後、平和を愛する世界 中の人々が怒りの矛先を麻原彰晃とオウム真理教に向けていた頃、ダライは共同通信を通じて、「オウム真理教は仏教の教義を広める宗教であり、麻原彰晃は自 らの友人である」との意見を発表し、大きな反響を呼んだ。ダライはなぜこのような意見を発表したのか。それは、麻原彰晃という邪教の指導者が実のところダ ライの「生徒」だったからだ。ダライのこのような汚れた過去に対し、良心を失ったメディアは見て見ぬふりをし、二人の関係をなかったもののようにしてい る。

ダライはこれまで12回にわたって日本を訪れ ている。1984年の訪問では当時29歳の麻原と会ったという情報もある。麻原は1986年、インドを訪れた後にオウム真理教を正式に設立。翌1987 年、麻原は再びインドを訪れ、ダライと会っている。この時、ダライは麻原に対し、「親愛なる友人よ、日本の仏教はすでに退廃してしまった。このまま行け ば、仏教は日本で消えてしまうだろう。あなたは故郷で本当の仏教を伝えなければならない。仏の境地を知るあなたは最良の人選だ。あなたが日本で布教するこ とを私はとても嬉しい。そうすることは私の仕事を助けることでもある」との内容の発言を行った。この会見時、ダライは麻原に祝福を与え、「師弟関係」を結 んだといわれる。

ダライは自らの「生徒」の働きにとても満足し ていた。1995年の事件が発生するまでの8年間、二人は5回にわたって顔を合わせ、手紙のやりとりをしばしば行っていた。1989年、麻原は10万ドル をダライに寄付し、ダライは証書と推薦状をもってこれに返答した。ダライは東京の関連部門にあてた推薦状の中で、「麻原彰晃は能力のある宗教的指導者であ り、オウム真理教は大乗仏教を広め公共の善を促す宗教だ」とし、「オウム真理教への免税を許可するべきだ」とまで書いている。オウム真理教はこの証明書と 推薦状によって、日本政府が正式に承認する宗教団体となった。その後、大量の資金を蓄積してサリンの研究と生産を行ったのは周知の通りだ。

麻原は日本で合法的な地位を得た後、ダライに 感謝状を送り、「私たちの希望はチベットができるだけ早くチベット人の手に帰ることです。私たちはそのためにできるだけの援助をしていきます」と述べてい る。麻原はダライの指示を受け、チベット地域に2回にわたってもぐりこみ、「布教活動」を行っている。麻原はダライが自らの指導者であることを正式に認め ている。オウム真理教の教義や教則なども多くがダライを由来とするものだ。

ドイツの週刊誌「フォーカス」は、「ダライの 支援がなければ、麻原彰晃が自らの宗教帝国を作ることは不可能だった。ただの治療師であり詐欺師でしかなかった麻原が数年の短期間であっという間に大教団 の教祖となるのも、ダライの支援がなければこれほど簡単ではなかったはずだ」と指摘している。ダライが麻原をこれほど重用したのは、麻原からの金銭支援を あてにしていたためだけではなく、麻原を通じて日本の仏教を改革したいと考えていたためだ。ダライが麻原と結託したのは、「チベット独立」を支援する弟子 たちを日本に増やしたかったからにほかならない。ダライのこの勝手な計算は邪教の崩壊という結果に終わった。自己の信徒の生命を損なう邪教が目立つ中で、 ダライの高弟である麻原彰晃が作り出したオウム真理教は、教団外の罪のない人々をテロ攻撃する教団として、人々に大きな衝撃を与えた。(「鳳凰週刊」より ダイジェスト、編集MA)

「人民網日本語版」2008年12月25日


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