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    唇の傷は意外と厄介で、食事が満足にとれないと云うのが如何に辛いかを再認識するいいきっかけになった、なんて事はなく、イライラが募るばかりで集中力が続かない。困ったもんだ。。。
    そんなわけで、こんな時の非常手段、記事の丸投げでござい。

「党幹部はチベットを去れ」胡耀邦 少数民族問題直視したただ一人の総書記
    「つづき」に全文をコピペしてあります。

    丸投げと云いながら、今ちょっと頭痛も治まってきて調子が戻ってきたので、少し探しものします。

    はい、探してきました。胡耀邦の記事は私も以前書いてましたんで参考にと「チベットの春」で検索したら、私、意図せずしてラサの動きを予感したかのような感じの記事を投稿をし始めていたのですね。一人で無意味な自負をしてみる。さ、バカな事はこれくらいにして、私が簡単に触れた(というか詳しく書けないだけですが)参考記事はこちらです。
http://timayoi510.blog.shinobi.jp/Entry/1202/
http://timayoi510.blog.shinobi.jp/Entry/1210/
   
   


「党幹部はチベットを去れ」 胡耀邦
少数民族問題直視したただ一人の総書記


少数民族政策の過酷な現実に立ち向かった人がいる。胡耀邦だった。
1980年2月、党総書記に就いた胡耀邦は、その3カ月後にはチベットに入った。現地を目の当たりにした彼は、その惨状に呆然としたという。漢族入植政策によるチベット文化の破壊と、チベット人の貧窮する姿が眼前にあった。胡耀邦は、その日夜、宿所の窓からポタラ宮の方を眺め瞑目したという。
     「人知れずチベットに謝罪したのでしょう。共産主義者としての矜持がそうさせたのか。胡耀邦自身の良心がそうさせたのか。おそらく両方でしょう」
95年、吉林省で出会ったある放送局の記者が言った。彼女は、「胡耀邦は延辺に対してもそうだった」と語った。
文革のさなか、江青から「民族主義者」と批判され非業の死を遂げた延辺朝鮮族自治州主席・朱徳海にまつわる話だった。文革後、朝鮮族が朱徳海の死を悼み、延辺市内の公園に記念碑を建てたときのことだ。
「文革の嵐はやんでいたというのに、党は記念碑を取り壊しました。朱徳海の名誉を回復したのは胡耀邦でした。今でもはっきりと覚えています。84年5月12日でした。胡耀邦が延辺大学を視察した際、朱徳海記念館を建設せよと吉林省党幹部たちに命じたのです。彼は記念碑が破壊されたことを朝鮮族に謝罪し、現地党幹部らに対しては烈火のごとく怒ったと言います」
チベットに赴いた胡耀邦が5月29日に共産党幹部らを集めて行った演説が残っている。
「我々の党がチベットの人民の期待を裏切ったのだ」と始まるその演説は、並み居る幹部たちを青ざめさせたという。
「チベット人民の生活に明らかな向上が見られないことに、我々は責任を負うべきだ。…まず、自治権の完全な行使が認められるべきだということだ。自治権とは自己決定の権利である。その自治権がなければ、現地の状況に合った政策を実施することはできない。生産工作隊が自己決定の権利を有していることを、我々は今しがた確認したではないか。われわれは皆、自己決定の権利を持っている。われわれは皆、個人的な趣味に耽る権利を有しているのだ」
愕然とうなだれる党幹部たちに、胡耀邦はさらに、「多数の党幹部はチベットから引き上げよ」と促した。
少数民族地域に「自治権の完全なる行使」を認める法は胡耀邦の手によって1984年5月に成立した。胡耀邦が真っ先に打った手は、チベット自治区書記に、チベット系のイ族(涼山彝)伍華精を任命したことだった。伍華精はチベットの宗教と自由を理解し重視した。「ラマ書記」と人々から呼ばれた。
周知のように、胡耀邦は1987年1月、総書記を解任される。政治的致命傷を負ったことの一つに「少数民族政策の誤り」があったとされた。
胡耀邦の失脚でチベットの時間の針は激しく逆回りした。胡耀邦解任に怒る僧侶たちの漢民族支配への抗議行動が波状的に起こる中、伍華精もまた更迭され、替わって書記に就いた胡錦濤が、89年の「ラサ暴動」へと発展する抗議行動を全力で鎮圧し、これを功績として総書記、国家主席の地位へと上りつめていく。
チベットの人々に限らず、多くの少数民族は今も、事あるごとに胡耀邦を親しみと敬愛をこめ思い出す。「彼の言葉と涙にだけはうそはなかった」と。
中国の指導者で少数民族問題を直視したのは胡耀邦をおいてほかにいない。
今も、12億人の漢族の中で、チベットへの同情の声をあげる人はほとんどない。伝えられる限りで言えば、中国政府に抗議を表明したのは評論家の劉暁波や作家の王力ら30人ほどだけだ。
89年のラサ暴動直後にチベットを取材したジャーナリストの竹内正右は次のように書いた。
「ラサの寺院内を手をつないで見学する兵士たちはあの文革下、先輩の兵士たちがチベットの寺院や仏像を破壊したことなど微塵も知らぬ気である。文革後に生まれた若い人民軍兵士たちにとって、このチベットは生まれた時から自分たちのもの、としか映らないのかも知れない」
竹内が毎日新聞(90年6月30日)に寄せたこの短いルポは、おそらくそれまでのどの記事より多くの人の目を惹いた。末文にはこう書かれた。
「民主化運動を担ってきた中国人学生の口からは、チベット独立擁護の積極的な言葉は聴けなかった。中国の矛盾は衝けてもチベット人の痛みは分からない、と言うのだろうか。中国人青年に広い心を期待する私が悠長なのか」
民主化を目指したはずの中国人学生の多くが、チベット騒乱のさなか、「民主化は愛国的行動で、チベット支持は祖国分裂行為」だと叫んだ。このことこそが中国の危機的状況なのかもしれない。問われているのはチベット人の「暴動」ではないことは確かだ。
中国政府はダライ・ラマとの対話に応じるという。北京五輪を無事乗り切るための方便なのか。中国の意図は五輪閉幕後に分かるはずだ。(了)

(編集委員 梁基述)


国際事務局 : 世界人権宣言から60年の無策:各国政府は謝罪し、いますぐ行動を

(ロンドン)アムネスティ・インターナショナルは本日、世界の指導者に対して、60年もの間人権状況を改善できなかったことについて謝罪し、改めて今後、具体的な改善を約束するよう要求する。

アムネスティ・インターナショナル事務総長アイリーン・カーンは『アムネスティ年次報告書2008:世界の人権状況』の発表に際して、「ダルフール、ジンバブエ、ガザ、イラク、そしてビルマ(ミャンマー)における人権の危機の火種には、速やかな行動が必要とされている」と述べた。

「今日の世界は、不正義、不平等、そして不処罰で特徴づけられている。各国政府は、約束と実行との間の大きな溝を埋めるために、ただちに行動を起こさなければならない」

『アムネスティ年次報告書2008』が示しているように、国連で世界人権宣言が採択されてから60年が経過した今日においても、少なくとも81カ国で人びとが拷問や虐待を受け、少なくとも54カ国で不公正な裁判が行なわれ、少なくとも77カ国で自由な言論が許されていない。

「2007年の特徴は、世界各地におけるいくつかの最悪の人権危機に対する取り組みに関して、欧米諸国は無策、新興国はどっちつかず、あるいは消極的な姿勢をとったことであった。人権危機は、長期化した紛争から数百万の人びとを置きざりにしている不平等の拡大まで、広範囲に及んでいる」と、カーン事務総長は述べた。

人権の未来にとっての最大の脅威は、共有された展望がなく一致団結した指導力が欠けている点にある、とアムネスティは警告する。

「2008年は、新たに登場した指導者と国際舞台に台頭する新興国にとって、新しい方向を打ち出し、ここ数年間に世界をより危険にし、分裂をもたらした場あたり的な政策と行動を一新するための、またとない好機である」とカーン事務総長は述べた。

アムネスティは各国政府に対して、世界人権宣言という原則に基づいて一致団結した指導力を発揮できる、新しい枠組みをつくるよう要求する。

「世界の大国は、模範を示して先頭に立たなければならない」と、カーン事務総長は述べた。

・中国は、オリンピック開催に際して明言した人権に関する公約を守らなければならない。言論の自由と報道の自由を認め、「労働を通しての再教育(労働教養)」を中止しなければならない。

・米国は、グアンタナモ収容所と秘密拘禁施設を閉鎖し、被拘禁者を公正な裁判基準に基づいて起訴するかまたは釈放し、拷問と虐待を断固として廃さなければならない。

・ロシアは、政府に批判的な人びとに対してより寛容な姿勢を示し、チェチェンにおける人権侵害に対する免責を止めなければならない。

・欧州連合(EU)は、「テロリスト」容疑者の「国家間秘密移送(レンディション」に関わった加盟国の共犯行為を調査し、加盟国に対しても非加盟国に対すると同様の人権基準を適用しなければならない。

「世界の指導者たちは否定的な姿勢をとっているが、何もしなければ大きな代償を払うことになる。イラクとアフガニスタンが示すように、人権問題は、個別に起きる悲劇ではなく、急速に感染を拡大させて私たちすべてを危険に陥れるウイルスのようなものだ」と、カーン事務総長は警告した。

「各国政府は、国連で世界人権宣言を採択に導いた60年前と同じくらいの展望、勇気、そして具体的な行動を示さなければならない」

「正義、自由および平等を求める人びとの声は高まりつつある」

2007年の最も印象的な映像は、ビルマ(ミャンマー)の僧侶、パキスタンの弁護士、そしてイランの女性活動家たちによるものであった。

「不安と怒り。しかしそれで人びとを沈黙させることはできない。指導者たちが彼らの声を無視するならば、危険にさらされるのは自分たちである」と、カーン事務総長は語った。

注記:
1.世界人権宣言60周年の年に発行された『アムネスティ・インターナショナル年次報告書2008』(世界における人権問題の年次評価)は、150カ国の人権状況について報告している。
2.報告書は以下の傾向に注目している:武装勢力と政府軍による民間人への攻撃と、それらの行為の免責女性に対する暴力の蔓延諜報活動のための手段として容認されている拷問と虐待の増大政府批判者への弾圧とジャーナリストと活動家への攻撃難民、難民庇護希望者、移民への保護の欠如経済的・社会的権利の否定人権侵害に対する企業責任の回避
3.アムネスティは、人権に関する法律と制度、死刑廃止への支持拡大、戦争犯罪と人道に対する罪の国際法廷および国内裁判所による訴追などにおいて、過去60年間に進展があったことに言及している。
4.世界人権宣言は、1948年12月10日に国際連合によって採択された。
5.中国では、「労働を通じた再教育(労働教養)」が警察による懲罰的拘禁として制度化されており、起訴や裁判ないし司法審査なしに最長4年まで拘禁可能である。

アムネスティ発表国際ニュース
2008年5月28日
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