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    なんかね、わたし色々と考え違いしていた部分もありました。あ、地震のことですが、特に医療援助のことについて。今回は反省も含めて、フリチベでは一躍有名になったブログ記事を紹介します。本分はいつものように「つづき」にコピペ。
被災地から4国際緊急援助考

    「成都北駅付近で24日で、大勢のチベット族が拘束されていた」ってのは気になります。昔、日本でも関東大震災時にデマが流れて在日朝鮮人に対する不当な行為や蛮行がありました。哀しいことです。



被災地から④国際緊急援助考
北京趣聞博客2008/05/25 20:40
■やっぱり余震はこわい。きょうも余震があった。午後4時37分、陝西寧強が震源地でM5・7。外にいたので、あまり感じなかったが、成都市民は結構びびっていた。唐家山堰き止め湖のあたりも、依然緊迫した状況。綿陽市では午後4時、避難訓練があった。決壊レベル1では綿陽市33カ郷鎮が深さ30㌢まで水浸しになるとかで16万人が避難。レベル3(全決壊)だと130万人が避難しないといけない。

■さて、唐家山の避難訓練の時間、私は成都で別の取材をしていた。日本の国際緊急援助隊医療チームが人工透析治療を公開する、というので行ってきた。代表取材にあたったのだ。華西病院敷地内の医療チームのテントには、スイカだの花束だの、市民や被災者家族の差し入れが一杯あったよ。中国メディアが日本の医療チームを好意的に報道したので、その報道をみて、「一言感謝がいいたい」「通訳ボランティアがしたい」という人たちがけっこうひっきりなしに訪れているようだ。田尻和宏隊長も「感謝の気持ちをこんな形で伝えてもらうと、やはりうれしいものです」と感激していた。
■被災者、市民から感謝された、という点でみれば、日本の国際緊急援助、成功である。でも、日本人の一記者として、今回の緊急援助のあり方を各国と見比べてみると、やはり感じるところがあったので、この問題について、まとめておきたい。一般人の目から見た今回の日本の国際緊急援助の問題点、所感なので、別に無視していただいてもいいのだが、日本が今後、よりよい国際緊急援助によって国際社会に貢献するために、ちょこっとは参考になるかもしれない、と思う。

■中国は欧米諸国や民主主義の途上国とはあきらかに違い、民主主義的自由はないけれど欧米なみに経済が発展し大国意識も強くプライドも高い部分がある、という極めて特殊な〝独裁国家〝で、こういう国が国際緊急援助を受け入れるのも初めてなら、国際緊急援助隊を派遣する側も初めての挑戦だった。


■中国は当初、国際緊急援助を受け入れるつもりはなかった。そういえる根拠は、日本外交筋が13日に中国外務省から、「極めて丁重なお断りがあった」と話している。13日時点では、中国は人的な国際緊急援助を受け入れない方針を固めていた。表向きの理由は交通が寸断されていて被災現場に入れない、ということだが、なにも現場は汶川だけじゃないから、これはあくまで表向きの理由といえる。

■本当の理由は推測の域をでないが、ひとつは、震源地がアバ・キョウ族チベット族自治州という民族問題の火だねを抱えている土地であること。たとえアバに入らなくても、成都にもチベット族居住区があるし、被災者が流れてくる。そういうところで、あまり国際社会に見せたくない民族問題の本質が見られてしまうかもしれない、という心配があるかもしれない。私が直接目撃したのではないが、こちらにきているあるフリーカメラマンによると、成都北駅付近で24日で、大勢のチベット族が拘束されていた、という。そのカメラマンが目撃し、周辺の人に聞くと、チベット族の犯罪者が捕まった、と答えたという。地震の混乱に乗じて、チベット族がデモや抗議活動を活発化させるのではないか、という懸念は軍にある、と、その筋に詳しい記者からきいている。被災地の軍結集の素早さは、そういった火だねを抑えるする目的もあった、という見方がある。あくまでも、ひとつの見方であるが。

■ちなみに、成都や都江堰などの漢族のチベット族に対する蔑視は相当根強いものがあり、雑談で水を向けると、チベット族の悪口のオンパレードになる。もっとも、こういった偏見はどこの国にもあり、日本では「中国人は犯罪者が多い」と、警察自身がいったりするから、非難ばかりもできないのではあるが。でも、こういう感情があふれる地域で、チベット族の被災者はけっこう苦労しているんじゃないかな。私は民族問題については、その歴史的経緯をみて大いにチベット族に同情的立場なので、こういう言い方になる。

■話がややそれが、当初、国際人的支援を断りつづけたもうひとつの理由として、中国の大国意識、プライドがじゃましていた、という見方もある。これまでの自然災害は、基本的には解放軍と政府が人民を助けてきた。物価高で庶民の生活が苦しくなったという実感がある一方で、(戦争もないのに)軍の予算がずっと2桁成長のなか、軍の存在意義を人民に納得させるのは、こういう災害で活躍するほかない。そういう意味で、この「抗震救災 衆志成城」は、軍と人民の心をひとつにする絶好の機会であり、外国の救援隊が出る幕ではない、という見方だ。これもあくまで見方にすぎないけれど。

■もうひとつが、日本の人的援助に限っての話だが、成都という反日感情が強い地域での日本の救援チームの受け入れは、むしろマイナスではないか、という懸念が中国当局側にあったときく。反日感情が強いのは重慶でしょう?という人がいるだろうが、重慶と成都は近いので、成都にも反日の人は多いのだそうだ。(地元日本人談)。05年の反日デモのときは、確かに成都のイトーヨーカー堂が最初にガラス扉を破られる騒動があった。

■こういった懸念を、ぜんぶひっくり返して、急遽、日本の国際緊急援助を受け入れたのはなぜか。これも推測だが、やはり被害規模があまりに大きすぎたこと。そのため、実は軍に対する不満が人民から上がり初めていた。これはインターネット世論にあらわれてきたのだが、軍は確かに活躍していて空挺部隊の済南軍区の活躍には賞賛の声が集まっていたが、成都軍区については、初動が遅い、という批判の声が結構多かった。

■死者数が中国の予想の範囲を大きく上まり、国際社会の援助を断り続けた方が、人民の非難を買いそうな予感がしてきたのではないか。また、外交部としては、胡錦濤国家主席訪日の直後で、ここで日本の支援を受け入れることが、日中関係にプラスになるとの判断もあったのではないか。

■ということで、私がみるに、極めて外交的政治的な判断で、中国は日本に対し人的な緊急援助を要請した。日本としては、突然の態度の変化でちょっとあわてたのではないだろうか。日本としては、おそらく人的援助は断られるであろうという前提の上での申し出だった。

■要請があったその日のうちに、すぐ国際緊急援助隊救援チーム先発隊31人が成田を出発した。しかし、おそらくはその直前まで、日本としては中国が日本の人的支援を受け入れるはずない、と思っていたので、現地の情報収拾は甘かったと思われる。

■また国際緊急援助隊の隊長は、外務省の人であり、カウンターパートは中国外交部の人となるが、中国外交部と軍は仲がよろしくない。東シナ海問題とか、衛星打ち落としとか軍がらみの事件について、外交部の定例会見で質問しても報道官が答えられないのは、軍から情報が与えられていないから、というのは知られた話だ。だから、被災地の状況やニーズを実際救援活動している軍から吸い上げて、日本に提供することができないのも当たり前なのだ。そもそも軍にしてみれば、日本の支援などいらない、という立場だ。そりゃ、成都軍の動きが遅い、とか人民から文句が出始めていて、そこに日本の救援チームがきて、活躍されれば、軍としてはおもしろくなかろう。このあたりの軍の感情は、救援チームに同行取材した同僚が「日本は早く帰れ」とある兵士が口走ったのを聞いた、という話からも推測できる。

■そういう難しい条件のもと、日本の援助隊はきて、特に救援チームは軍が捜索して、生存者がいないと確認された所ばかり回された。最初にいった北川県の現場は8㍍くらいの厚さで土砂がつもっていて、生存者捜索にはまず土砂を退かせねばならない状況だった。土砂をどかす時間のロスを考えると、別の現場に当たった方がいい、というので場所を変えたが、そこも軍が捜索ずみで生存者がいないと判断した場所。しかし、日本人的にいえば、生存の可能性が低いとはいえ、そこに人がいる以上、ほうっておくわけにはいかない。私が現場に居合わせた人から聞いた話では、当初、中国側が照明を提供してくれる約束だったが、それもなかった。夜は作業が何時間も中断させられた。中国側としては、そこに生存者が居ないことは分かり切っていたので、夜は作業を休むつもりだったのだろう。

■もっとも、瓦礫の下の人の生死にかかわらず、暗闇の中で手作業で一生懸命がれきを取り除き、救出しようとし、遺体だと確認されれば深々と黙祷を捧げる日本の救援チームの姿は、中国人民に深い感動を与えたことは間違いなかった。私も取材現場にいき、日本の記者だといえば、「救援チームには感動した。ありがとう」と被災者からいわれる。

■救援チームと入れ違いに成都入りした医療チームは、被災地にテントをはって応急処置を行う野戦病院型緊急医療の準備をしてやってきた。ところが、20日夜に成都入りして21日丸一日、調整に費やされた。四川省は医療隊に、第一人民病院(成都市が管轄)で外科手術などを手伝ってほしい、と要請したからだ。医療チームは被災現場で活動する方が、チームの特性を生かせると主張し、意見がかみ合わなかった。結局、緊急外来がパンク寸前の華西病院を手伝う、という方向で再度調整が図られたが、華西病院は中央の管轄なので、もう一度中央のご意向をうかがい、その許可を待たねばならなかったため、華西病院の受け入れが正式に決定したと発表されたのは21日夜10時を回っていた。

■救助チームも医療チームも、結果的には被災者から感謝され、中国人民の支持をえており、根深かった反日感情を180度旋回させるという神業をやってのけたのだから、この外交的成果は大きかった。医療チームは実際に、患者の医療にかかわり感謝の言葉を受け止めているし、また「MRIを使うとき患者を動かす」といった医療現場での違いを中国の医師に教えたり、日中医療技術交流にもなっている。

■しかし、「緊急援助」という看板を掲げているわりには、時間的ロスが多かったという反省はあるのではないだろうか。いや、日本のせいじゃない、中国側に問題があった、という意見もあるのだろうが、人道的緊急援助って、相手がいかなる政治的体制であろうが、援助が素早く被災者に届くということに意味がある。最初から中国が硬直したトップダウンの体制であることや、メンツとコネという独特の価値観がはびこっていることは承知の上で、ならばどういう風に、援助を行えば、よりスムーズであったか、を考えるべきではないだろうか。

■田尻隊長は「正直、中国側の被災地医療のロジ確立の速さが予想を上回っていた」と話していた。日本のこれまでの経験からすれば、地震発生10日足らずの段階では、被災地の最前線での応急医療が最も必用とされているとの判断があった。ところが、中国は人海戦術で瞬く間に道路を復旧、重傷者はピストンで被災地から県級病院へ、県級病院から成都市大病院へと搬送するロジスティックを確立。その結果、緊急医療のニーズは、被災地現場ではなく、県急病院、そして都市大病院に移っていた。一方、被災地現場では病院が完全に機能不全に陥っているので、震災での負傷者以外の患者、たとえば避難所生活の心労による病気や軽い感染症(かぜ、下痢)、出産や子供の心のケアなど全般の医療行為を肩代わりできる病院機能を欲していた。

■日本とほぼ同時期に緊急医療援助を行ったロシア、ドイツ、イタリアはいずれも、「移動病院」を彭州、都江堰、シーファンの被災地の最前線に持ち込んだことは、すでに紙面でも紹介した。日本が成都に到着した後、調整に難航したのにくらべ、各国とも素早く被災地入りしている。それは、やはり現地のニーズを日本より的確に把握していたということではないだろうか。この違いはどこからくるか。

■ロシアの場合、23のテントから構成された大規模移動病院設備と大量の医療物資を持ち込んだ。到着翌日から外科手術を行っている。医師・看護婦らスタッフの数は67人。中国赤十字との共同の移動病院を彭州市職業中学校グラウンドに設置。5つの手術を同時に行い、1日300人の治療が可能という。中国外交部が仕切る形で、毎日午後、プレスツアーが行われ、ロシア医師らの活躍を中国国内外メディアに紹介している。子供の心理ケア専門の小児科の女医さんまでいた。ロシアチームの仲介にたっていたのは外交部だが、同時に中国赤十字も受け入れを行っていた。現地のニーズの情報収集などは、医療機関から直で情報がいく中国赤十字であったと思われる。

■ただ、ロシア医療チームの移動病院が現地のニーズに完璧に合致していたか、というと疑問に思う点もある。彭州市では人民病院などがすでに機能回復しており、ロシアチームの移動病院には私が取材した時点で21人しか入院患者がいなかった。彭州は高速道路で1時間程度で成都につくし、難しい手術なら成都の病院に行きたい、と思うのが患者の本音ではないか。(私なら、ロシアの移動病院で手術は受けたくない。患者さんへのインタビューは禁じられていたので、この移動病院にいる患者の本音は今もって分からないが)

■ちなみに、日本の医療チームが被災現場に行きたい、とあくまで主張していたとき、中国側は「ロシアは彭州市に入ったが、現場ではニーズがなくてこまっている。ロシア側もすぐ撤退する予定だ」と説得された。ロシア医療チームのイワヌス隊長は「ニーズがあるかぎり、ここに居続ける」といっており、意地悪くいえば日本チームは中国側に「ごまかされた」わけだ。だが、ロシアの移動病院の彭州市設置と毎日のプレスツアーは、ロシア大統領訪中にあわせた、かなり外交的パフォーマンスではなかったか、と私は思っている。そのプレスツアーに一緒に参加し、私を成都まで送ってくれた中国人記者が車の中で、「あんなに大きな移動病院を用意して、患者がほとんどこないんじゃ、かわいそうだよね」とロシア医療隊を哀れんでいたのが印象的だった。

■到着後、すぐに被災地いりし、その最前線で大規模テント病院を設置して活躍してみせ、中国メディアに大きく掲載されたのは、ロシアの外交力であり、ロシアを尊重する中国の外交姿勢のたまものであった。もっとも、それは外交的成果を重視して、被災地側の要請をあまり重視しなかったからではないだろうか。もし、日本にロシア並みの対中外交力があれば、中国側から成都市の病院に入ってくれと要請されても、「いやだ、被災地の現場で活動してメディアの注目をあびるのだ」と言い張って、どっか適当な被災地に小規模テントの野戦病院を設置できたかもしれない。だが、取材した中国記者らは帰り車の中で「日本の医療チーム来てくれたけど、患者がこなくてみじめだよね」と哀れんだかもしれない。日本医療チームが我をとおさず、成都の病院医療を支援してくれて、結果的によかったと、私は思っている。

■個人的に、さすが、と思ったのは、ドイツの医療チームである。これはドイツ政府というよりドイツ赤十字としての活動だった。やはり120床の移動テント病院設備(人口25万人の町に対応できるレベル)を、重篤被災地の都江堰に持ち込んだ。この近くは仮設住宅があり、このテント移動病院は緊急医療ではなく、仮設住宅の被災者に当面の病院医療を提供する目的である。

■大型発電機や大型浄水器、医療機器、医薬品など輸送費こみで150万ユーロする移動テント病院一式を中国赤十字に贈与。11人のドイツ人医療チームは、被災者を治療するためではなく、中国赤十字に属する上海崋山病院や現地の病院スタッフに移動でんと病院を使いこなすためのノウハウを伝授するためにやってきていた。

■ドイツ医療チームのコフ報道官の発言が、人道医療援助の基本姿勢を物語っているようで印象深かった。「中国には現地にすばらしいお医者さんや看護婦さんがおり、私たちが直接医療を行う必用はない。私たちがきたのは、ここの医師らに、この病院の使い方を教えるためです。将来、海外で同じような大災害が起きたとき、中国の医師らが海外で、緊急医療支援を行うことができるように。」

■都江堰市のすべての病院は被災し、激しい損傷を受け機能不全に陥っている。それら病院スタッフは、同じ地域の同胞の被災者を助けたいという強い思いがあるのに、設備がなく困っていた。こういったニーズの情報は、やはり中国赤十字から提供されたという。コフ報道官によれば、コーディネートに中独双方の政府はかかわっておらず、あくまで赤十字ネットワークで動いたという。「ドイツ赤十字が中国赤十字にどんな援助が必用か、と聞いて、その要請にあわせて準備した」という。外国の支援はあくまで黒衣、救援も復興も、中国自身がやりたかろう、という中国人のプライド、メンツを理解した、いかにも人道先進国らしいスマートな援助であると、私は感じた。

■イタリアは直接取材していないが、やはりシーファンという重篤被災地に移動病院を持ち込み、最終的にその設備一式を贈与する。

■こういった各国の緊急医療援助のあり方をみるに、やはり現地のニーズを医療機関を通じて吸い上げているのは赤十字。日本はなぜ中国赤十字にコーディネートを頼まなかったのだろうか。私のみたところでは、情報収集は外交部と四川省外事弁公室まかせでありすぎたと思う。

■あと、日本の緊急医療援助は、これまで日本チーム単独の行動ばかりで、現地の医師と共同で医療にあたる、という発想がなかった。中国としては、外国人の援助は受け入れたいが、勝手な行動はこまる、という政治的スタンスである。そういう中国の体制を理解し、なおかつ中国人的プライド、メンツを考慮していれば、もう少しスムーズかつスマートな支援が行えたかもしれない。

■田尻隊長は、今回の経験は調整の難航も含めて、「貴重な経験をした。医療チームにとって現地の病院施設で活動するのも初めてなら、医師と協力して緊急医療を行うのは初めて。当初は遠慮もあったが、徐々に交流を深めており、今後の活動にいかせる」と話していた。私もその通りだと思う。
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