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*Oさん、非常識な時間にメールしときながら、結局見切り発車してしまいました。本当に申し訳ない。

   
ココで紹介するのはTCHRDが19日付で発表した証言です。いつも読んでるチベットNOWルンタにも途中まで翻訳がアップされてましたが、TSNJサポートMLにも全文翻訳したものが投稿されていたので転載します。

ラサのチベット人若者による証言

TCHRD 2008年5月18日

TCHRDは3月のラサ騒乱後に逮捕されたチベット人若者の貴重な証言を入手した。
その若者は、刑務所での酷い拷問や、刑務所の廊下に溢れる苦痛の叫び、常時伝えられる恐怖体験談、外国からの支援への絶え間ない希望、釈放後の感想について語る。以下のインタビューは、第三者により口述され、証言者のプライバシー保護のためTCHRDが編集した。*はプライバシー保護のための省略部分。( )は補足。
‬‬‬
3月*、百人ほどの兵士が私の家に来て、5枚のドアを壊し、全てのものをチェックし床に捨て、そこにいた人々を殴った。まるで強盗のようだった。多くの銃器も持ち込まれ、兵士らは私たちを手荒に扱った。私は逮捕された。彼らは私を連行し、私の親指を背中できつく縛ったため、2、3ヶ月もの間(左手の親指が)麻痺していた。兵士らは私たちを厳しく扱った。話の最中、彼らは「こちらに勝ち目がある」と言い、私たちを殴った。最初は殺されると思っていた。頭を何度も強く殴られ、頭蓋骨を割られてもおかしくなかった。頭は体の他の部位とは違い、壊れやすいのだから。
    私は刑務所に連行された。はじめの4日間は尋問もなく、ただ投獄されていた。一日につき蒸しパンの半分が与えられた。とても小さかった。みんな喉が渇いていた。多くは自分の尿を飲んでいた。(拘束者は水分を与えられない)。着るものも、毛布も、敷き布団も(コンクリートの床以外)何もなく、とても寒かった。4日間、誰も私たちに話さず、ただそこに放置されていた。

    ‬‭‬ラサは日中は静かで、何も起こらない。夜の11時から早朝の5ー6時の間に、数千人が逮捕される。4、5日後には、私たちの部屋の者は蒸しパン2つとお湯が与えられた。部屋には*人がいた。酷いことだ。多くの話を聞いた。多くの者は腕や足を折られたり、銃で撃たれた傷があったが、病院には連れて行かれなかった。彼らは私たちと一緒に部屋におり、本当に悲惨だった。21世紀にこのようなことが起こっているなんて信じられない。
    例えば、4カ所も撃たれた少年がいた。傷の一カ所はここからここ(背中の左側から心臓近くの胸の左側を貫通)、一カ所はここからここ(左肘の内側から左手首の内側を貫通)、それからここ(右腕の外側を一直線に貫通)。何人かは肋骨を折られていた。一人の男は(右)目を殴られたので、目が腫れて黒と青のあざになっていた。ひどいことだ。歯を折られた人もいる。これらはただの一例である。このような酷いことがたくさん起こっている。

    問題の一つとして、食べ物がなく、みんな飢えで倒れる。ある少年が同室のトイレの中に倒れた。彼は顔を切った(あごの部分)。多くの人が心理的問題を抱えており、そういった人々は最初にダウンした。Tse-Tang出身の少年は心の問題を抱えており、とても痩せていた。最初の頃は毎日2、3回倒れたが、誰も世話をしなかった。

    ここはGondzhe(刑務所名)だが、ひどいことに、ラサには19の刑務所、Drapchiに最大の刑務所、Chushul‭(Qushu地方)に一カ所あるが、それらには囚人がおらず、彼らは訪問者に「刑務所には誰も入ってません」と空の刑務所の方を見せている。ただのやらせだ。普段は駅には刑務所がないが、彼らはDu-Long‭ (‬Toelung Dechen 地方)の駅とGondzheに‬大きな建物を借りて人々をぶちこんでいる。
    囚人はこれら3カ所に投獄されている。夜になると彼らは大型バスと多くの兵士を引き連れてやってくる。100人から150人がDu-Long‭ に連行された。彼らは帰宅を知らせにくる。「何も悪いことをしてないので、家に帰るのだ」と言い、人々をバスに乗せ、Du-Long‭ か駅に連れてゆく。彼らはこっちからあっちへ(刑務所から刑務所へ)移送される人々と他の人々を一緒くたにする。自分が見たわけではないが、友人から聞いた話によると、Du-Long‭ で何人かの僧侶が頭に袋を被されて連行され、戻って来なかったそうだ。恐らく殺害されたのだろう。

    私は65歳の老人に会った。2本の肋骨が折られて腰が曲がっており(と言って、曲がった腰を
してみせる)、まっすぐに立つことが出来ず、死にかけていた。そこで警察が人民病院へ彼を連れて行った。そこでは毎日(警察の暴行により)一人か二人死んでいる。病院に連れてゆかれる人々はほぼ撃たれたか殴られた人々で、たいてい病院で亡くなる。*から来た姉弟は同室で起床していたが、突然兵士がやってきて高所の窓から地面に向かって二人を突き落とし、弟の方はその場で死んだ。建物のすぐ外で。姉の方は死ななかったが、横たわることが出来なくなった。常に座った姿勢でいなくてはならない。彼らは死体を引き取ってゆき、姉の方にこの事を口外しないよう告げた。* これらはただの数例で、他にもこのようなことが多数起きている。

    無実の人々が尋問攻めにされている。彼らはただチベット人であるというだけ(で罪なのだ)。彼らはチベットの各地方の警察に連絡し、ラサには各地方からの人々がおらず、刑務所が空である。ラサには注目が集まるため、人々はラサから他の場所に連れてゆかれた。*僧院の僧侶たち、友人や親戚たちがどこにいるのか分からない。

    中国はラサには兵士がいないと言っているが、兵士は平服で身分証をチェックしている。

    私はチベットで起こっている事を人々に知って欲しい。私自身は殴られても構わない(家族に危害が及ぶ事を彼は心配している)。私はラサで何も悪い事をしなかった。

    例えば、ラサの若者たちは、(3月)14日、一緒にいるだけで悪いと言う事になり、私も殴られ、「売られ」て(暴力を振るう看守のいる)刑務所に来た。しかし、私には*僧院に友達がおり、
彼らを連行させるよりは死んだ方がマシだ。私は彼らが刑務所で行っている多くの事を目撃した。
Dhadezhe(恐らくDartsedo地方)の男は新しい上着を着ていたが、その上着が真新しいため兵士は
「盗んだのだろう」と言って男を殴り、死なせた。新しいコートのために殺されたのだ。
‬‬
    サウコ高校の学生がたくさんいる。(3月)14日の出来事に参加してもいない17歳の少年は服をみなはぎ取られ、手を縛られ、倒れるまで車で押された。ありとあらゆる拷問手段が使われている。この子はとても若く、罪を犯したわけでさえない。最終的に少年はやってもない事を自白したが、このケースは多い。彼らは拷問して、罪のない人々に罪を自白させる。私は死体を見なかったが、毎日刑務所では人々が「誰それが死んだ」と叫び、警察か兵士を呼んでいた。Gondzheには建物が9つあり、各建物に11部屋あり、各部屋に20〜30人が入れられている。誰かが中国人に電話で逮捕者数を尋ねたとき、中国人は「一万人以下」と答えていたが、これにはデプン、セラ、ラモチェ、ジョカンの僧侶が含まれない。私たちの釈放後、彼らは僧侶を逮捕した。釈放後にデプン寺の僧侶の多くが逮捕されたと聞いた。私は4月*日に釈放された。

    釈放前にラモツェの僧侶に会った。この僧侶の事が心配だ。兵士は僧侶たちを特に酷く扱っている。Dezhe(恐らくDerge地方)の僧侶は指を折られ(と言って、完全に折れた指を見せる)、片目も完全に視力を奪われ、私たち以上に殴られた。なぜ僧侶にこのような酷い事をするのか理解できない。とても胸が痛む。

    同じ刑務所で*(地方)の少年に会った。彼にはラサのラモチェ近くに住んでいる友人が二人いて、二人とも撃たれた。Anichenko‭付近の病院があるが、一人は尼僧院に連れて行かれそこで亡くなった。21歳だ。名前は忘れた。もう一人は20歳で、撃たれて病院にいるが、彼ももうすぐ死ぬだろう。彼はGangsu通りで撃たれた。

    ラサ近郊のAnishim‭ 出身の*という名の少年が投獄されている。彼の二人の友人が射殺された。その友人と18歳の兄弟はPhenpo出身だった。Gondzheの刑務所には多くのPhenpo出身者がいる。

    日中は静かで、全ては夜中に行われる。全てが極秘である。デプンやセラや駅には連絡用の電話がない。駅と連絡がつく事もある。しかし、ほとんどの場合、連絡不可能である。

    私の親戚はインドにいる。見聞した事を書いてネットで送信した。内容は短く、ワードに保存したが、それが突然消えていたので怖くなった。そのためメールをチェックしていない。外国に多くの友人がおり、彼らからメールが来るのだが、開けていない。*

    ‬彼らは表面上、全てが穏便なように見せかけているが、内実は悲惨である。彼らはたいへん酷い事をし、私たちに問題を作るように仕向けている。ラモツェの人々は何もしなかったが、数千の兵士が僧院と寺を取り囲み、まるで刑務所のように車両で門を封じている。耐えるべきだが私たちはもう我慢できない。
    人権がなく、文化的大量殺戮は現実であり、これは大問題であるが、例えば小さな問題として、ラサの北京路やGengshu路といったメインストリートに店を構えるチベット人はどれほどいるだろうか?ここはラサであり、中国ではない。チベット人はどうやって暮らしてゆけというのか?中国人は大都市で勉強ができるため、チベット人よりも優れている。商売をする知識と資金を持っている。しかし、村出身のチベット人は、百姓か遊牧民で、お金がなく、どうやってラサで商売ができるのか?地元の者がラサで商売をすることと、中国人がラサで商売をすることの、どちらが重要なのか?なぜ中国の警察は、路の片側でチベット人が、もう片側で中国人が商売をすることを許可しないのか?そうすれば、バランスがとれるだろうに。多くの才能がある知的なチベット人がいるが、彼らには十分な資金がない。中国人は北京やシャンハイに住み、お金を持っている。これは小さい方の問題だ。

私は多くの事を目撃したが、平気だ。多くの事をこなせる。しかし、私は多くのチベット人とその暮らし、中国人の暮らしを見てきた。ここはチベットだ。地元民は中国人より優れてはいけない。しかし、バランスが必要だ。テレビで政府から年金をもらう何人かのチベット人の老人を見た。彼らはチベット人の悪口を言った。私は番組を見て彼らを笑った。チベット人の市民権のために闘ってくれている欧米人がたくさんいることは大変うれしいことだ。自宅で毎日もっと勉強したいが、できない。
テレビは嘘をつくので、胸が痛む(と言って胸を指す)。酷い事だ。そこで散歩に出ると、兵士が私に身分証を見せるように言う。身分証をチェックし、「どこの生まれだ」と尋ねる。少しでも間違いがあれば、もうおしまいだ。彼らは身分証の写真と顔を見比べるが、中国人は(身分証を見せずに)問題なく通れる。

* 昔はここは素晴らしい場所だったが、今はまるで刑務所だ。昔のラサのようではない。獄中で、チベットの警官が私に「ここに跪け」と言い、親指を背中で縛られた。彼は(私の前の椅子に)座り、私の頭に足をおき、額を蹴り、顔を何度もぶった。私はこの男を眺め、悲しく思った。彼はチベット人で、私は毎日彼に会う。(それ以来)何度も彼に会っている。多くの中国人とチベット人が私の背中に飛びつき、頭を殴ったり蹴ったりした。彼らが私の頭を後ろにひねったとき、彼らの顔が見えたが、顔を曝してこんな酷い事をするとは最悪だ。

    これはほんの一例であるが、ここから多くの事を学んだ。刑務所内で、私はときどき食べ物の夢を見た。母や姉の作る我が家の料理で、においを嗅ぐ事ができ、家の料理のおいしさを心からありがたく思った。普段私は全てたいらげ「まあまあだった」と言うのだが、今はその価値が分かった。このような最悪の出来事に遭遇したが、それによって良い人間になることを学んだ。時々、私の*の子供たちが来るが、宿題をやらないので、私は怒鳴ったり手を上げたりしていた。しかし、最近は子供たちを怒鳴ると胸が痛むようになった。私は多くを学んだ。

    チベット人の人口減少について案じている。現在多くの者が死んだり、腕や足を折られて障害者になっており、悲惨だ。そして多くの者が私のように投獄されており、私はいつも囚人の事を思っている。彼らの悲惨な境遇について考える。いつも泣いている16歳17歳の若い人々のことを思うと悲しい。手足の折れた人や撃たれた人を見た。彼らの青ざめた顔を見るのは、とても悲しい事だ。
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媚中派日本人のチベット問題
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