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 e7944dee.jpeg   やはり来日中のダライ・ラマ猊下の談話なりメッセージなりの記事が幾つか出てきたので、後でまとめて取りあげようと思っていたら数日でトーンダウン。おまけにリンク切れまで。どういうこっちゃ!
と、叫びたいところだけど、これが日本の現実。。。

    そんな訳で、取り急ぎかなりまとまったインタビュー記事をPICK UP。また念のためつづきにコピペしときました。
「ここ数年で一番、緊迫している」 ダライ・ラマ14世に聞く 2007.11.19 19:18
ダライ・ラマ会見詳報 2007.11.19 19:21
懐柔策にチベット民衆なびかず 2007.11.19 19:45
    更に、多用してるAFPのダライラマ関連記事一覧も。
ダライ・ラマ
   



「ここ数年で一番、緊迫している」 ダライ・ラマ14世に聞く
2007.11.19 19:18産経ニュース

 日本滞在中のチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世は19日、名古屋から横浜に移動する新幹線の車中で、産 経新聞との会見に応じた。ダライ・ラマは現在の中国チベット自治区や周辺のチベット族居住地区の情勢について、「ここ数年で最も緊迫している」と述べて、 ダライ・ラマの帰還を求めるチベット族住民やダライ・ラマの米議会名誉黄金章受章を祝うチベット仏教の僧侶らの活動に対し、中国当局が武装警察部隊を出動 させ、多数の住民、僧侶を投獄するなど弾圧を強めていることを明らかにした。

 ダライ・ラマは自身の後継者である第15世の選出方法につい て、中国側が「活仏」を許可制とするなど干渉を強めることを懸念し、死後に後継者を探す伝統的な「転生(生まれ変わり)」制度ではなく、存命中に後継者を 決定する方法の可能性を検討していると述べた。この場合、後継者はチベット民衆の「精神的指導者」として、(1)チベット仏教の高僧から民主的に選出する (2)自身が後継者を指名する−などの方法が検討されているという。

 中国はダライ・ラマに次ぐチベット仏教第2の指導者、パンチェン・ラマ10世が1989年1月に死去した際、ダライ・ラマ側が認定したパンチェン・ラマ10世の生まれ変わりの少年を認めず、新たに中国側が探し出した少年を後継者として認定している。

 一方、ダライ・ラマは自身の政治的な役割を徐々に減らすという「政治的な引退」についても言及し、インドのチベット亡命政権では、すでに2001年から政治的な活動に責任をもつ「首席大臣制度」を採用していると述べた。首席大臣は任期5年で2期10年まで在任が可能。

 ダライ・ラマは「私はすでに政治的には半分引退しており、亡命政権の最高顧問的な立場であり、亡命政権の政治的な決定は私の手を離れている」として、今後は宗教的な活動に精力を傾注していく立場を明らかにした。    (相馬勝)



ダライ・ラマ会見詳報
2007.11.19 19:21産経ニュース

 ダライ・ラマ14世との会見要旨は次の通り。

 【後継者問題】私は20年も前から自身の後継者問題に ついて考えてきた。チベットの民衆がダライ・ラマ制度の存続を望むならば、そのなかの1つの可能性として、私が側近らと検討してきたのが、私が存命の間 に、次のダライ・ラマを選出するということだ。(1)チベット仏教の高僧から民主的に選出する(2)自身が後継者を指名する−などの方法が検討されてい る。

 中国が私の没後、後継者を選出したとしても、チベットの民衆は支持しないだろう。それは、チベット民衆の心が入っていないからだ。

  【自身の引退問題】ダライ・ラマという宗教的な立場は変わることができない。つまり、宗教的にはダライ・ラマは引退できないということだ。ただ、私が 1959年3月にインドに逃亡し、難民の立場になってからは、それ以前に比べて、いくつかの変化が生じてきた。つまり、徐々に民主化を進めてきたつもり だ。政治的な引退もそれであり、2001年に亡命政権で「首席大臣制度」を採用して、現在のサムドン・リンポチェ首席大臣を選出した。任期は1期5年で、 2期10年まで在任が可能だ。私は亡命政権の最高顧問的立場であり、政治的な決定は私の手から離れている。

 【中国との交渉】交渉が始まっ た当初の1980年代初め、われわれはいくつかの希望を見いだしていた。当時の最高実力者のトウ小平氏や胡耀邦・中国共産党総書記とは極めて開放的に、自 由に討議できた。しかし、その後、中国内の民主化運動を経て89年にラサなどに戒厳令が敷かれるなど、事態は悪化している。ここ数年は緩和してきたが、い まは極めて緊迫している。



懐柔策にチベット民衆なびかず
2007.11.19 19:45産経ニュース

 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世は19日、産経新聞との会見で、このところ中国政府によるチベット民 衆への弾圧が一層激しさを増していることを明らかにしたが、これは中国政府によるチベット民衆への懐柔策が奏功していないことを示している。中国政府は、 威信をかけて開催する来年8月の北京五輪を前に、強権で事態の乗り切りを図ろうとしているようだ。

 ダライ・ラマは今年6月の中国政府との交渉について、「全く進展がなかった」と語ったうえで、「交渉決裂以来、中国側の態度が硬化している」と指摘した。

  ダライ・ラマによると、今年8月に四川省のチベット族居住地区で行われた祭りで、「ダライ・ラマの帰還を願う」と大声で叫んだ1人のチベット族男性が当局 に逮捕されたことをきっかけに、数百人の民衆と警官隊が衝突、多数の民衆が殴打された。その数日後、軍兵士ら計約1万人が出動し、住民4000人の村を包 囲し、不穏分子を次々と逮捕したという。

 また、ダライ・ラマが米議会から議会名誉黄金章を授与された当日の早朝、ラサでチベット仏教の僧侶数百人が受章を祝う活動を行っていたところ、4000人の武警や軍兵士が出動し、多数の僧侶を殴打し、数十人の僧侶が逮捕された。

 中国政府はダライ・ラマのインド亡命以来、チベット民衆に対して厳しい思想統制を敷き、僧侶を中心にダライ・ラマを否定する思想教育を強化してきた。その一方で、膨大な経済支援を投入するなど“アメとムチ”を使い分け、チベット民衆の懐柔に努めてきた。

  しかし、チベット亡命政府によると、毎年2000人ものチベット民衆が自らの生命を懸けて、同自治区などから国外に脱出し続けている。また、中国当局の厳 しい監視下にもかかわらず、ダライ・ラマを慕う民衆の活動は活発化しており、暴動やデモなどもしばしば伝えられる状態だ。

 中国政府は今年9月1日、チベット仏教で「活仏」と呼ばれる高僧の転生に申請許可制度を導入しており、来年8月の北京五輪を前に、今後も締め付けを強化するものとみられる。(相馬勝)

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