忍者ブログ
HOME > > [PR] > チベット > ダライ・ラマ〜チベタンの希望の光 Admin NewEntry Comment RSS  
独断と偏見に満ち足りた由無しごとを謹んで放言いたしておりましたが、現在は移転してしまい、ゆるーく管理しているだけで更新はしてません。 移転先は HABU's BLoG http://chimayoi510.blogspot.com Blog"TIBET ROOM" http://tibetroom.blogspot.com/
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

    Losarと聞くと、どうしてもマジュニカティラを想いだす。
    この前ダライラマに会えなかったことを書いたけど、ダライラマの集団謁見がなされた後のダラムサラ、というかマクロードガンジは空気が一変します。仕事に疲れて、季節風に吹かれながら、漸く帰った我が家の団欒、ストーブの温もり。その時の幸せ感に似た綿毛のようなオーラが、そこかしこに漂っています。当時はインターネットも今ほど普及してなかったから口コミ以外に知るすべがなく、集団謁見に参加できるだけで幸運でしたから余計そうだったのかもしれません。参道に集まってきた乞食ですら優しさに包まれた心に期待を膨らませていました。
    そんな優しい光の中で、私ともう一人だけは、ど〜んよりコールタールみたいに重く暗く沈殿してたんですね。マクロードガンジの全ての闇を一身に背負い込んだような気分でした。もうどこを向いても眩しくて。ただ、もう一人の方は若いせいもあって立ち直りも早かった。でも、なまじっかチベット経験のあった私はずぶずぶと落ち込んでゆく一方でした。
    今思えば心機性の体調不良と悪化する座骨神経痛、更にプチ鬱。もちろん素人判断だけど、ただ、当時の私は座骨神経痛なんて名前も知らなかったし、まさか大腿のイヤラシい痛みの元凶が腰に在るだなんて想像もつかなかっ た。むろん自分が鬱(になりかけ)だとは思いもよらない事で、神秘的な考えで説明がつかないところは生来の怠け癖と末っ子気質で納得しようとしていた。
    何れにせよ、どんどん朝起きれなくなって他の三人とリズムがずれていったせいもあり、明らかに私一人だけ浮いてきた。確かに、何にもしんかったし、ぼ〜っとしてただけやし、他の三人には薄気味悪くて重苦しかっただろうな。悪かったなあ。残念やなあと、今でも思う。
    そしてリシケシュに着いた翌日、三人に逃げられちゃいました。一応「一旦みんな解散!」と説明されたけど、今でもあれは方便と云う名の優しさだったと思います。むしろ迷惑かけていた私の方から離れるべきだった。もっと調子のいい時に出逢えていたらなあ…残念です。
    で、長々と落ち込んだ話をしてしまったけど、事実リシケシュでの一ヶ月で更に異様な方向に悪化?していったんだけど、今から思うと、どれもこれもマジュニカティラへの伏線だったんだな、これが。
    不思議な出来事を一つ。
    当時その存在すら知らなかった私がマジュニカティラに辿り着けたのは、リシケシュで一緒に半自炊していた日本人に、何にも考えずついていったからだった。
    そして導いてくれた恩人?である日本人は、やはり私から逃げたい一心でマジュニカティラに来たのだと後になって打ち明けた。まさか一緒にリキシャに乗り込んでくるとは思わなかったが、それでも裏路地でまいてやろうという魂胆だったと。
    ところが、亡霊のようにどこまでもついて来る。なんだこいつ!ぞっとしたそうだが、結局その日は観念して翌朝をまって姿をくらました。その後伝え聞いた話では、ニューデリーに一泊してからヴァラナシへ向かったそうだが、ニューデリーの宿では妙に重く憔悴しきった様子だったとか。
    一方、私はと云うと、マジュニカティラに着いて、気がつくとそれまでの憑き物が一切なくなったかのように身も心も軽くなった。もしかして彼に乗り移ったんじゃ…そんな気がしてならない。それから、この話にはまだまだ尾ひれがついているのですが、それについては改めて。
    漸く自然体に戻った私ですが、その後の滞在で、結局のところ、ダライラマを見ることが出来たのです。もちろんダライラマ猊下としてのテンジンギャツォではないけれど、チベタンたちの言葉や素振りや行いやその結果など、様々なところからダライラマが見えて来ました。一人一人の心のうちに在るダライラマこそチベタンの希望の光だと私は思います。旅行記にも同じ思いから出た文章を入れましたが、もしダラムサラで集団謁見に遅刻しなかったら、こんな事考えもせず、単なる旅の自慢話で終わったことでしょう。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
1
なるほど・・・
遅刻して会えなかったからこそ、会えた人たちの高揚感が客観的に感じられ、ダライ・ラマがいかに心の支えになっているかがわかったと・・・
そしてそれは、そのときのはぶさん自身にもいえたのかもしれませんね きっとそのとき謁見できてたら・・・少なくとも心因性の体調不良はよくなっていたかもしれませんね・・・
よっちゃん URL 2008/02/10(Sun)04:08:29 編集
Re:なるほど・・・
う〜ん、私の表現力不足ですね。
ダラムサラでは殆ど旅行者の高揚しか感じなかったです。いや、感じることができなかった。今思えば、いた筈のチベタンたちの様子が目に入らなかったのは、単なるミーハー気分でダライラマに会いたがっていた証拠ですね。さんざん盛り上がって肝心の山車を見損ねたようなものです。それをナンダカンダと考え込んで自滅していったのは自業自得でした。
 でも、自滅したおかげでマジュニカティラに繋がりました。そしてそこでチベタン一人一人の心に在るダライラマに気付くことができたのです。もちろんダライラマとしてのテンジン・ギャツォも大切ですが、チベタン一人一人の心に在るダライラマの方が、より純粋で、より本質的だと思いましたし、今もその思いは同じです。
 ちなみに、本当はリシケシュのあと別の場所へ行くつもりでいたのです。だから、偶然でもマジュニカティラに滞在できたことは幸運でした。そこに導いてくれた全てに感謝してます。
【2008/02/10 12:41】
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
[1167]  [1166]  [1165]  [1164]  [1162]  [1161]  [1160]  [1159]  [1158]  [1157]  [1156
ブログ内検索
カレンダー
10 2019/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カウンター
最新CM
(05/19)
(02/06)
(02/02)
(01/12)
(01/11)
バーコード
リング
血迷い510 ダライ・ラマ〜チベタンの希望の光 Produced by はぶ Ninja
忍者ブログ [PR]
透過フォトver2.0 Designed by ninja-blog.com